サイトシーイング

抒情の方法論

ブログを書くまで寝ない実験 その1

 今の部屋に越してきてもう4か月くらい経っていて、さすがに隣人が小太りなおじさんであることくらいは知っていたのだけど、今朝玄関のドアを開けて外へ出たらいきなり真横にそのおっさんが立っていたのでびっくりした。上は水色の半袖シャツ、下は短パンとパンツの境界線上にあるような、でもあれはやっぱりパンツだったんじゃないか、みたいな恰好だった。

 社会的な人間に見られるように常日頃から努力しているので、こういう緊急事態に遭遇しても僕はいたって冷静に「お、はようござい」みたいな健康的で文化的な最低限度の挨拶がちゃんとできていたと思う。

 そうしたらそのおじさんがいきなり「見ますか?」と言って何やら青っぽいような赤っぽいような黒っぽいようなよくわからないものを差し出してくるので、僕は思わず身構えると、おじさんはそれを顔に装着して、「ほら、」と言った。日蝕を見る用のぺらぺらのサングラス的なものだった。おじさんは日蝕を見ていた。

 ついさっきまでツイッターで日蝕がどうこうとか言ったり聞いたりしていたのに、なんだかツイッターのタイムラインと現実がリンクしているという実感があまり湧かなくて、ああそうか、現実でも日蝕やってるんだっけ、と思った。

 「もう半分くらい隠れてますよ」と言うので、僕も薄い雲越しの太陽を裸眼のまま見遣ったのだけど、存外に明るくてわりと普通な感じだったので「思ったよりも明るいんですね」と僕は応じた。おっさん相手とはいえ円滑で自然な世間話に成功した手ごたえを得た。

 結局そのおじさんからグラスを借りてちょっとだけ日蝕を見させてもらって、どうもありがとうございますと告げて、会社へ行った。金環日蝕の時間帯には電車に揺られていた。ちょっとは空いてるかなと期待していたのだけど、車内は普通に混んでいた。あのおじさんはちゃんと働いているのだろうかとか余計な心配をした。

 まあ日蝕のことはわりとどうでもよくて、隣人おじさんのこともほんとうに心の底からどうでもよくて、隣人が女児だったらよかったのにとか思うようなことも特になくて、あんまりそういう妄想設定とかを広げるのは得意でも好きでも無くて、でも隣人が女児だったらいいなあ。